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龍神の森で育った。100年かけて育った。
そんな樹で建てる木造注文住宅 [樹の家・龍神の森]。
家の柱が、どこでどう育ったものなのかがわかりにくい時代だからこそ、匠の会は、その樹の事実を伝えることから始めようと思います。
その杉は紀伊水道に注ぐ日高川の源流となる沢のそばで、静かに時を刻んでいました。そこは高野山や熊野に連なる紀州の山深き地。
和歌山県田辺市龍神村に広がる龍神の森。
この森に、明治42年に11万本余り植樹された杉・檜が100年の時を迎えたのです。
樹齢100年の樹が、これだけの規模で揃うのは極めて稀なこと。
さらに、龍神の森の樹には、ほかにはない特長があります。
紀州材の産地の中でも寒冷なため目込みがきめ細かく、霧深く雨量は多いため目合いが美しい。
江戸末期創業の伝統を持つ紀州材の老舗、株式会社山長商店が育てた、そんな確かな樹で家を建てる。それは、次世代へとつながる、またとない貴重な家づくりとなるといえるでしょう。
※当該の原木は、明治42年に苗を植樹したもので、杉・檜ともに97年生となります。苗の一般的な生育期間である3年を加算すると樹齢100年となります。
紀州・龍神の森。それは近年、世界遺産に登録された「熊野古道」で一躍有名になった和歌山県のほぼ中央、紀伊水道に注ぐ日高川の上流、高野山や熊野に連なる紀州の山深い地にあります。
正式名称は和歌山県田辺市龍神村。(※1)
この地域は紀州材の産地の中でも寒冷で霧深く雨量が多いのです。
年間降水量は2900mm。林産には適した土地で、200年前から林業が続けられてきました。森林は全面積25513ヘクタールの95%。
「龍神」という名称は弘法大師が名づけた伝統ある地名です。(※2)
この森で明治42年に110万本余り植樹された杉・檜が100年の時を迎えました。
※1“龍神”という場所は2005年4月に田辺市に合併。
現在は田辺市龍神。位置的には田辺の市街地より中辺路を通り抜け高野山へと向かう途中に位置する。
※2 ここ龍神には、龍神温泉という古くからの温泉も存在する。
名前の由来も役行者が発見し、弘法大師が難陀龍王の夢告により決まったと伝えられる。(江戸時代には紀州藩の湯治場とされていた)

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さて、この樹をあなたならどう活かしますか。この家づくりをプロデュースする匠の会は、首都圏の工務店が集まった協同組合。優良木材のこうした産直システムを山長商店と開発するなど、さまざまな実績を積み上げてきました。
そして、匠の会の会員工務店が、龍神の森の樹齢100年の杉・檜の芯持ち材を活かした、自然素材の木造注文住宅をあなたとともにつくります。
出荷証明書付 限定100棟
[樹の家 龍神の森]では、出荷証明書が添付されます。これは私たち匠の会が、龍神の森の管理者、株式会社山長商店と産直システムを構築しているからできること。自信を持って「本物」をご提供します。
■明治時代に植林された貴重な樹齢100年の杉・桧を使用します。
■樹齢50~60年の紀州材と同等の価格で建築可能です。
■龍神の森にある樹齢100年の杉・檜は本数が限られています。
それゆえに限定100棟。完売次第この商品も終了です。

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もうひとつ、匠の会は未来のためにつくりたいものがあります。
それはあなたと山との繋がり。
龍神の森で育った樹齢100年の杉、檜。その樹で家を建てるあなたが、龍神の森の「つぎの100年」の育て親になってください。
[樹の家・龍神の森]は、建築費とは別に、1棟あたり12万円(税別)の育林費をお預かりし、伐採後の龍神の森への植林と育林(下草刈り等)などの費用として使用します。(この作業は、龍神の森の管理者、株式会社山長商店が責任をもって実施いたします)。
樹を使いながら、また育てていく。。
匠の会は、その営みにいっしょに参加いただける方と森につながる家づくりを進めていきたいと考えています。